› 元は、関組長の東京・永田町ロビー活動日記【ブログ版】 › 9・11事件から3年 (その2)
2004年09月14日
9・11事件から3年 (その2)
3月20日(木)午前10時、某衆議院議員の議員事務所におじゃましてテレビ
を見た。ブッシュ大統領の演説は、まだ、始まらない。テレビに映るイラクの夜
の景色に、やがて閃光が走り、イラクへの攻撃が始まったことを知る。涙が出た。
この日、夜9時から衆議院本会議が開かれ小泉総理によるブッシュ大統領支持の
演説を傍聴した。
http://www.worldpeacenow.jp/
のデモの後、大勢の人がアメリカ大使館前に詰め掛けた。
「戦争反対!」「戦争反対!」
「攻撃やめろ!」「攻撃やめろ!」
昼は永田町、夜はアメリカ大使館前に居る生活がはじまった。
なぜ、米英の戦争の尻拭いを、わが国がしなければならないのか?
そんな筋合いは無いと思います。
そもそも難民が出るようなことをしなければいいのです。
戦後復興支援が必要になることをしなければいいのです。
私は米英の戦争の尻拭いに16億2千万円の予算を付けることに反対します。
国会法第57条の2に基づく、予算修正の動議を!
と訴えてロビー活動。
出勤してくる議員や秘書に向けてビラまき。
しかし2003年度予算案は参議院予算委員会で採決されてしまった。
3月末、インドネシアに帰国する組員を見送りに一旦、関組長は大阪へ帰る。
またヒッチハイクで東京に向かった。
4月17日(木)、『毎日新聞』に防衛庁がクラスター爆弾を持っているという
記事が載っていてびっくり。しばらくのあいだ財務省に抗議行動を展開した。
有事法制の審議が始まる前、
http://www.sekigumi.org/Taxpayers-Network-Japan/North-Korea-issue.html
朝鮮民主主義人民共和国への外交政策のオルタナティブ
を持って議員の事務所をまわってロビー活動した。
連休前、ヒッチハイクで大阪に帰る。
統一地方選挙の投票に行く。
吹田市長選挙に出馬していた友人が落選。
関組長は借金を返済できなくなり大阪地方裁判所で自己破産+同時廃止。
連休明けから、ヒッチハイクで東京に向かった。
この頃から、カンパをさせてほしい、とメールをくださる方々が現れた。
そこでホームページに、
<関組長へのカンパ送金先>
りそな銀行 参議院支店 普通7942690 セキヨシトモ
※ 当面は、やる暇がないので会計収支報告は行いません。あなたががんばって
くれるなら、どう使おうが構わない、と思う方だけカンパしてください。
と載せた。
万単位のカンパを何度も振り込んでくださる方や千円単位のカンパを振り込んで
くださる方、他人の想いや期待まで背負うことは重かったが、このカンパが無け
れば走り続けられなかった。
永田町の路上に寝袋を敷いて暮らし始めた。
はじめの「ふとんin」は非戦パフォーマンスだったのだが、今回、路上生活を
はじめた理由は、
・仲間のアパートに泊まると逆に朝しんどくて起きられない。
・プラカードなどの荷物を持って満員電車に乗るのも苦痛。
・通勤時間の短縮になる。
・通勤電車賃の削減になる。
ということだった。
政府は、アフガンのときのようにイラクに自衛隊を派兵しようと画策しはじめて
いるだろう。そうでなくとも湾岸戦争のように予算を出そうとするだろう。
そこで、納税者ネットワークは、請願署名運動を始めた。
イラク復興支援に予算を出さない衆議院/参議院決議を求める請願署名
イラク戦後復興予算と称して、
わたし・たちの税金を使ってもいいの?
なぜ、米英の戦争の尻拭いを、わが国がしなければならないのか?
そんな筋合いは無いと思います。
そもそも難民が出るような戦争をしなければいいのです。
戦後復興支援が必要になる戦争をしなければいいのです。
イラク復興支援に予算を出さないことを国会で決議してください。
これはイラク特措法による自衛隊派兵にも、イラクPKOによる自衛隊派兵にも
政府からイラク支援NGOへの予算支出にも反対することを意味している。
武力攻撃事態対処(=有事法制)3法案が審議されることになった。
委員会審議を傍聴に入り、朝、昼、夕と国会議員の通り道でギターを弾きながら
「イムジン河」を歌った。
通常は6月中旬に閉会する国会の会期を7月下旬まで延長して、イラク特措法が
審議されることになった。そこで、納税者ネットワークは、
http://www.sekigumi.org/Taxpayers-Network-Japan/tanabata.html
延長国会を乗り切る、超党派、納涼
七夕祭りin国会裏
を催した。三里塚から電車で永田町に大きな笹を3本運んだ。
集まった「イラク復興支援に予算を出さない衆議院/参議院決議を求める請願署名」
を持って議員会館を走り回り紹介議員を募った。
議員会館の前で座り込んで休憩し、また議員会館を走り回った。
衆議院でイラク特措法が採決される直前、すべての衆議院議員事務所に
http://www.sekigumi.org/Taxpayers-Network-Japan/not-occupy-iraq.html
イラク特措法の採決の前に、トイレに行こう(^^!
と書いたビラをポスティングして本会議への欠席を呼びかけた。
永田町の路上に寝袋を敷いて5時ごろ寝て、朝8時ごろに起きる。朝8時ごろに
起きて国会議事堂前駅の売店で新聞を買って読む。
それから衆議院と参議院のモニターで、今日の国会で開かれる委員会や勉強会の
予定をチェックしてから、ロビー活動を始める。で、夜8時前までロビー活動を
続ける。夜9時ごろになったらテレビのニュースを見ながら夜ごはんを食べれる
店に入って、NHKニュースとニュースステーションを見る。
深夜11時ごろからインターネットカフェに入るとNews23を見てから議員
のホームページを読んだり、メールの読み書きをしていたら、明け方4時30分
ごろになっていた。そして永田町の路上に寝袋を敷いて5時ごろ寝て朝8時ごろ
に起きる。毎日がこの繰り返しだった。
24時間のうち20時間も永田町で働いている奴が他に居るだろうか?
土日はデモや集会に参加した。
委員会審議を傍聴に入り、参議院での強行採決まで見届けた。
<続く>
を見た。ブッシュ大統領の演説は、まだ、始まらない。テレビに映るイラクの夜
の景色に、やがて閃光が走り、イラクへの攻撃が始まったことを知る。涙が出た。
この日、夜9時から衆議院本会議が開かれ小泉総理によるブッシュ大統領支持の
演説を傍聴した。
http://www.worldpeacenow.jp/
のデモの後、大勢の人がアメリカ大使館前に詰め掛けた。
「戦争反対!」「戦争反対!」
「攻撃やめろ!」「攻撃やめろ!」
昼は永田町、夜はアメリカ大使館前に居る生活がはじまった。
なぜ、米英の戦争の尻拭いを、わが国がしなければならないのか?
そんな筋合いは無いと思います。
そもそも難民が出るようなことをしなければいいのです。
戦後復興支援が必要になることをしなければいいのです。
私は米英の戦争の尻拭いに16億2千万円の予算を付けることに反対します。
国会法第57条の2に基づく、予算修正の動議を!
と訴えてロビー活動。
出勤してくる議員や秘書に向けてビラまき。
しかし2003年度予算案は参議院予算委員会で採決されてしまった。
3月末、インドネシアに帰国する組員を見送りに一旦、関組長は大阪へ帰る。
またヒッチハイクで東京に向かった。
4月17日(木)、『毎日新聞』に防衛庁がクラスター爆弾を持っているという
記事が載っていてびっくり。しばらくのあいだ財務省に抗議行動を展開した。
有事法制の審議が始まる前、
http://www.sekigumi.org/Taxpayers-Network-Japan/North-Korea-issue.html
朝鮮民主主義人民共和国への外交政策のオルタナティブ
を持って議員の事務所をまわってロビー活動した。
連休前、ヒッチハイクで大阪に帰る。
統一地方選挙の投票に行く。
吹田市長選挙に出馬していた友人が落選。
関組長は借金を返済できなくなり大阪地方裁判所で自己破産+同時廃止。
連休明けから、ヒッチハイクで東京に向かった。
この頃から、カンパをさせてほしい、とメールをくださる方々が現れた。
そこでホームページに、
<関組長へのカンパ送金先>
りそな銀行 参議院支店 普通7942690 セキヨシトモ
※ 当面は、やる暇がないので会計収支報告は行いません。あなたががんばって
くれるなら、どう使おうが構わない、と思う方だけカンパしてください。
と載せた。
万単位のカンパを何度も振り込んでくださる方や千円単位のカンパを振り込んで
くださる方、他人の想いや期待まで背負うことは重かったが、このカンパが無け
れば走り続けられなかった。
永田町の路上に寝袋を敷いて暮らし始めた。
はじめの「ふとんin」は非戦パフォーマンスだったのだが、今回、路上生活を
はじめた理由は、
・仲間のアパートに泊まると逆に朝しんどくて起きられない。
・プラカードなどの荷物を持って満員電車に乗るのも苦痛。
・通勤時間の短縮になる。
・通勤電車賃の削減になる。
ということだった。
政府は、アフガンのときのようにイラクに自衛隊を派兵しようと画策しはじめて
いるだろう。そうでなくとも湾岸戦争のように予算を出そうとするだろう。
そこで、納税者ネットワークは、請願署名運動を始めた。
イラク復興支援に予算を出さない衆議院/参議院決議を求める請願署名
イラク戦後復興予算と称して、
わたし・たちの税金を使ってもいいの?
なぜ、米英の戦争の尻拭いを、わが国がしなければならないのか?
そんな筋合いは無いと思います。
そもそも難民が出るような戦争をしなければいいのです。
戦後復興支援が必要になる戦争をしなければいいのです。
イラク復興支援に予算を出さないことを国会で決議してください。
これはイラク特措法による自衛隊派兵にも、イラクPKOによる自衛隊派兵にも
政府からイラク支援NGOへの予算支出にも反対することを意味している。
武力攻撃事態対処(=有事法制)3法案が審議されることになった。
委員会審議を傍聴に入り、朝、昼、夕と国会議員の通り道でギターを弾きながら
「イムジン河」を歌った。
通常は6月中旬に閉会する国会の会期を7月下旬まで延長して、イラク特措法が
審議されることになった。そこで、納税者ネットワークは、
http://www.sekigumi.org/Taxpayers-Network-Japan/tanabata.html
延長国会を乗り切る、超党派、納涼
七夕祭りin国会裏
を催した。三里塚から電車で永田町に大きな笹を3本運んだ。
集まった「イラク復興支援に予算を出さない衆議院/参議院決議を求める請願署名」
を持って議員会館を走り回り紹介議員を募った。
議員会館の前で座り込んで休憩し、また議員会館を走り回った。
衆議院でイラク特措法が採決される直前、すべての衆議院議員事務所に
http://www.sekigumi.org/Taxpayers-Network-Japan/not-occupy-iraq.html
イラク特措法の採決の前に、トイレに行こう(^^!
と書いたビラをポスティングして本会議への欠席を呼びかけた。
永田町の路上に寝袋を敷いて5時ごろ寝て、朝8時ごろに起きる。朝8時ごろに
起きて国会議事堂前駅の売店で新聞を買って読む。
それから衆議院と参議院のモニターで、今日の国会で開かれる委員会や勉強会の
予定をチェックしてから、ロビー活動を始める。で、夜8時前までロビー活動を
続ける。夜9時ごろになったらテレビのニュースを見ながら夜ごはんを食べれる
店に入って、NHKニュースとニュースステーションを見る。
深夜11時ごろからインターネットカフェに入るとNews23を見てから議員
のホームページを読んだり、メールの読み書きをしていたら、明け方4時30分
ごろになっていた。そして永田町の路上に寝袋を敷いて5時ごろ寝て朝8時ごろ
に起きる。毎日がこの繰り返しだった。
24時間のうち20時間も永田町で働いている奴が他に居るだろうか?
土日はデモや集会に参加した。
委員会審議を傍聴に入り、参議院での強行採決まで見届けた。
<続く>
Posted by 関組長 at 11:20